DCIM(データセンターインフラ管理)ソフトウェアの歴史を振り返る(1987~2021)

K-Iwasaki

DCIM(Data Center Infrastructure Management)という言葉が誕生したのはおよそ10年ほど前にさかのぼります。
確か、2010年初頭にGartnerが発行したホワイトペーパー「DCIM: Going Beyond IT」が、その始まりであったと記憶しています。
(※現在そのホワイトペーパーをウェブ上から見つけることは残念ながらできませんでした。しかしそれの内容を一部リファレンスとした文献はありました)

本記事を執筆するにあたり、念のためにInternet Archiveで「DCIM software」というキーワードで探してみました。そこでは、最も古いもので2010年7月2日の記事がみつかりました。その記事には次のように書かれていました。
(これは現在のDCIMの機能性を的確に示しています)

Forrester社のアナリストであるGalen Schreck氏は、DCIMを「データセンターの物理的なレイアウト(ラックやキャビネット)と、それに関連する冷却、電気、ケーブルなどのインフラをカバーするシステム管理プラットフォーム」と広義に定義しています。DCIMソフトウェアは、資産管理、機器のモニタリング、分析とレポート、ワークフローの統合という4つの重要な機能を提供するという。(中略)
また、DCIMソフトウェアは、すべてのデバイスの消費電力を長期的に追跡し、一部のソフトウェアでは、エネルギー使用量と実際のサーバーの動作を関連付ける機能も追加されています。電力使用量のデータに基づいてwhat-if分析を行う機能も、DCIMパッケージに共通する機能です。

さて、巨大化、複雑化した現代のデータセンター、一方でSDGsに向けて効率化や省エネ化などの圧力が高まる中、データセンターインフラの適切な管理には欠かせない存在となったDCIM(データセンターインフラ運用管理)ツールですが、その歴史を纏めた記事はネット上に見当たりませんでした。

そこで、1990年代後半から長年ITインフラ管理ツールに携わってきた自身の過去の経験も振り返りつつ、ここにDCIMの歴史を駆け足でまとめてみることにしました。

ITインフラ管理の黎明期(1980年代後半)

PatchView – RiT Technologies

ITやファシリティインフラを管理するニーズはかなり以前から存在し、当然それぞれのニーズを満たすインフラ管理ツールは存在していました。(注:これはITやネットワークを論理的に管理するNMSなどとは異なり、物理的なITインフラの管理を行うことを示します)

今のDCIMの原型となるシステムが世の中に出てきたのは1980年代半ば頃であったと思われます。このころはパーソナルコンピュータが徐々に企業内に浸透し始め、Local Area Networkが形成されてきたことで、ITインフラの管理が徐々に複雑になり、PCの資産情報や設置場所情報、あるいは配線情報などを管理するニーズが生まれました。

1987年は次のようなメーカーが誕生し、IT、ファシリティ系管理ツールの提供を開始しました。

  • Cablesoft社(米):Crimp Cabling Management System ※現在のCommscope iTRACS DCIM
  • Aperture Technologies社(Aperture) ※最終的にVertiv配下となり現在はEOLとなった

 

1989年には、イスラエルでRiT Technologies社が発足しました。RiTは世界で初めてスマート・ケーブリング・システム(SCS)と当時呼ばれていた、いわゆる「インテリジェント・パッチパネル」を発表しました。同時にケーブルインフラストラクチャ管理ソフトウェアであるPatchViewをリリースしました。


※ちなみに1987年は日本でバブル景気が始まった年です。日本はまだ8ビットパソコン主流の時代でしたが、シャープが16ビットの「X68000」をリリースした年でもあります。海外ではAppleがMacintosh IIをリリース、Windows2.0がリリースされたのも1987年です。


IT資産管理・配線管理システムブームの到来(1990~)

Crimp CMS- Cablesoft

1990年代頃のITインフラ運用の課題と言えば、もっぱらIT資産管理やITケーブリング管理が中心であったと思います。今では最も大きな課題となっている電力効率などはこの当時はまだあまり気にされていませんでした。

2000年に入ると、Cablesoft社から改名したiTRACS社もiTRACSインテリジェント・パッチパネルシステムを発表しました。ちなみにiTRACSはAMP Netconnect、Siemonなどにインテリジェント・パッチパネルのパテントをOEM供与し、各社はそれぞれ独自にカスタマイズされたOEM版iTRACS用ハードウェア、及びソフトウェアをリリースしました。

Avaya社も2001年にSystimax iPatchという独自設計のインテリジェント配線管理システムを発表し、その対抗としてPanduitも2003年頃にRiT社のOEM版のインテリジェント配線管理システムのPanViewをリリースしました。

1990年代から2000年代前半に一気に盛んになったIT資産管理・配線管理ツールをメーカー別にまとめると以下のようになります。

iTRACS IM – AMP Netconnect
  • iTRACS:iTRACS PLM
    • Tyco AMP NetConnect部門:iTRACS IM(OEM)
    • Siemon :MapIT(OEM)
  • RiT Technologies:PatchView
    • Panduit:Panview(OEM)
  • Avaya ACS部門:Systimax:iPatch
  • Aperture:Aperture
  • AT+C(2001年頃にFITパシフィックと協業):VM7

 

その後の動きとしては、PanduitがRiT OEM版のPanviewを廃止し、独自のPanviewIQを2008年に発表し、新世代のインテリジェント配線管理ソリューションを目指しました。

尚、この当時流行したインテリジェント・パッチパネルを利用しての自動的にLAN配線接続を認識する仕組みは今でも存在しますが、高額なハードウェアコストやいくつか動作上の不具合、不完全な機能性などもあり、現在では使われることは少なくなりました。

ちなみにLANパッチケーブルの接続先を確認したいという目的のみに特化した製品、Patchseeという製品もあります。

設備側のインフラ監視・管理ニーズの高まり(2000~)

一方で、2000年以降になるとデータセンターの規模も徐々に大きくなり、設備側からのインフラ管理を求めるニーズも高まり、それにこたえる製品が相次いで発表されました。

InfrastruXure – APC

2003年にアメリカのUPSやラックPDUなどを手掛けるAPC社が設備側機器の統合管理を実現する「InfraStruXure」をリリースしました。(ちなみにAPCはその2年後の2005年には監視・管理システムを手掛けるNetBotz社を買収し、監視ハードウェアの製品ラインナップを拡充しました)
KVMやラックPDUメーカーであったAvocent社も「DSView」をリリースしたりと、設備側のインフラ管理ソリューションの市場での活性化が始まりました。これらのツールの目的としては、各設備機器メーカーが各社のハードウェア(UPS、ラックPDU、KVMスイッチなど)を集中監視する事でした。

統合監視管理ソフトウェアを持っていなかったメーカーらもこれらに対抗する形で、その後数年間にわたり買収を進める動きが始まりました。

例えば、フランスのSchneider Electric社は2007年にAPC社を買収し、一方Emerson Network&Power事業部は2008年にApertureを、翌年2009年にはAvocentを立て続けに買収し、「Aperture」「DSView」製品を獲得しました。Emersonはその当時、子会社のLiebert(1987年に買収)が展開する「SiteScan」というモニタリングツールを保有していましたが、この一連の買収で獲得した「Aperture」「DSView」と「SiteScan」の持つ様々な技術を統合し、のちにリリースされる統合DCIMソフトウェアである「Trellis」の開発を始めました。
また、競合のKVMスイッチ・ラックPDUメーカーであるRaritanも、Nassoura Technology Associates(NTA)を2008年に買収し、「dcTrack」という管理ツールを手中に収め、そして翌年2009年にはPowerIQを国内リリースしました。

2000年以降から始まり、いくつものM&Aを経たうえでの2009年頃時点の、設備側監視管理システムを各メーカー別にまとめると以下のようになります。

  • Schneider Electric:InfraStruXure(旧APC)
  • Raritan:dcTrack(旧Nassoura Technology Associates)、PowerIQ
  • Emerson Network&Power:DSView(旧Avocent)、Aperture(旧Aperture)、SiteScan

(※ 尚、これ以外の設備系ハードウェアメーカー(ABB、Eaton、Geist」他多数)らもその後、各社自社製品を統合監視するツールをリリース:後述)

尚、これら一連の再編劇の中、2004年創業で独自のインフラ管理ソフトウェアを展開していたNlyte Softwareは独立性を守りました。

そして全てが統合されたDCIMが誕生(2010~)

Aperture VISTA – Emerson

日本ではJDCC(日本データセンター協会)が2009年に正式発足しました。翌年、2010年に入ると、データセンターがいよいよ本格化してきました。データセンターでの運用も徐々に複雑になってきており、データセンターのインフラを統合的に管理できるツールを求めるニーズが高まってきました。

そうした動きを受け、各ベンダーはそれぞれ以前から培ってきたインフラ管理ツールに対し、データセンターを包括管理するうえで足りない機能をそれぞれ拡充し、続々と新たに生まれたDCIM市場へと参入するようになりました。IT資産管理・配線管理系ツールを発展させ参入するもの、あるいは設備監視ツールを発展させ参入するもの、あるいは上位のソフトウェア企業から参入するものなど、DCIM市場は2010年以降一気に盛り上がることとなりました。

このDCIM市場への参入の動きはまず設備系ハードウェアメーカーから始まりました。
例えば、Emersonに買収された老舗ソフトウェアであるApertureですが、開発は継続していたようで、2010年にAperture VISTAというラックレベルのキャパシティ分析をできる機能を実装した新バージョンをリリースしました。しかしEmersonはその後2012年に「Trellis」という新設計のDCIMツールを発表し、これがその後のEmersonとしての主流DCIM製品となりました。

一方、Schneider Electricは2011年にInfrastruXureを「Struxureware DCIM」と名称変更を行いリニューアルしました。
更に競合するDelta Power SolutionsもInfraSuite ManagerというDCIMをこの頃から始めています。

Physical Infrastructure Manager – Panduit

一方、Panduitは2012年にインテリジェントPDU関連メーカーであったUnite Technologies社(注:2008年にComrac, Sinetica が合併し生まれた会社)を買収し、配線管理がメインであったPanviewIQに電力管理機能などを追加し、新たにPhysical Infrastructure Manager (PIM)4.0 としてリリースしました。Panduitはその後2014年にはワイヤレス環境センサーを手掛けるSynapsenseも買収し、包括的なデータセンターインフラ管理ソリューションとしての「SmartZone」コンセプトを発表しました。

活性化するDCIM市場には、少し異なる業界のメーカーからの参入も相次ぎました。
例えばIntelはサーバー管理を中心としたDCIM製品である「Intel DCM」を、コンピュータソフトウェア企業のCA Technologies(現在はブロードコムに吸収)は「CA Data Center Infrastructure Management」を、あるいは熱気流解析(CFD解析)で有名な6Sigmaを擁するFuture Facilitiesもその拡張機能としてのDCIMの展開を開始しました。産業コングロマリットのSiemensも2013年に「Clarity LC」をリリースしています。

OSS(オープンソース・ソフトウェア)のDCIMもこの頃に誕生しました。OpenDCIMのversion1.0は2012年のリリースです。OSS DCIMとしては他にもRackTables、netboxなども存在します。

2015年当時のDCIMサプライヤーも含む業界地図を把握するには以下の451Research社が纏めた図を見るとわかりやすいです。

さて、その当時の日本国内の動きも見てみましょう。
2008年に日本ノーベル株式会社は国産DCIMの先駆けである、データセンター環境監視システム「iDC Navi」の販売を開始。続く2010年には、ラック内デバイス管理ソフトウェア「UnitPORTER」を、そして翌年2011年にDCIMサーバーラック資産管理システムとして「UnitPorter.Navi」をリリースしました。
尚、弊社DC ASIAの旧親会社であった、ニスコム株式会社は2013年に「DC Smart Assist」を発表しました。

他にも、河村電機やアバール長崎(現在の東京エレクトロンデバイス長崎)他も広義のDCIMソフトウェアを販売していますが、機能は非常に限定的なものです。

2015年当時のグローバルDCIMサプライヤー – 451Research

 

市場が加熱する中、DCIMソリューションを拡充したいとする各メーカーのインフラ管理ソフトウェア製品の獲得合戦はさらに続きます。

2013年にはCommscopeがiTRACSを買収し、更に2015年にはTE Connectivity(旧AMP Netconnect)も買収しました。TE Connectivityが当時AMPTRACの後継製品として独自開発していた「Quareo Physical Layer Management」は、Commscopeが肝入りで力を入れていた競合製品「imVision」が存在していたため、買収された後に終息の運命となりました。

一方、2015年にはフランスのLegrandがRaritanを買収しましたが、そのタイミングでRaritanのソフトウェア部門がスピンアウトし、Sunbirdという新たなDCIM専門ソフトウェアメーカーが誕生しました。
2016年にはNlyteがFieldviewを買収しました。2017年にはEmerson Network&Power事業部はEmersonからスピンアウトしVertivが誕生、そしてVertivはその翌年2018年にインテリジェントPDUメーカーのGeistを買収しました。

※参考までに、2016年当時の主要DCIMサプライヤーを知るには次のDCD記事が便利です。「DCIM: The Big List
【この記事で取り上げられていたDCIMサプライヤー一覧:アルファベット順】

CA DCIM – CA Technologies
  • ABB: Decathlon
  • CA Technologies: CA DCIM
  • Commscope: iTRACS
  • Cormant: Cormant-CS
  • Device42: Device42
  • Emerson Network Power: Trellis
  • FNT: Command
  • Geist: Environet
  • Intel: Intel DCM
  • Modius: OpenData
  • Nlyte: DCSM
  • Optimum Path: Visual Data Center
  • Panduit: SmartZone
  • Rackwise: DCiM X
  • Schneider Electric: StruXureware
  • Siemens: Datacenter Clarity LC
  • Sunbird Software: dcTrack  ※現在は弊社取り扱い

※ 太字は2016年当時国内展開していたメーカー/製品

DCIMは新たな普及期へ(2020~)、そして未来は?

玉石混交であった2010年代のDCIM市場、そして数々のM&Aを経て、DCIMサプライヤーもいくらか絞り込まれてきました。あるいは(例えばCAのように)DCIM事業の失敗により撤退する企業も相次ぎました。2010年から始まり、加熱したDCIMブームは、いつしか誇大広告が先行し、DCIMツールは万能ツールであるかのように宣伝されるようになりました。しかし、立ち上げまでにかかる多大な労力、不十分な機能性や数々の不具合などは、期待して導入したアーリーアダプター顧客の失望を生み、一部では「DCIM懐疑論」が囁かれたりと、2010年代中頃以降、DCIM市場を一時的に冷え込ませる原因にもなりました。

さて、2020年に突入した昨年、新型コロナのパンデミックが世界を襲い、それはデータセンターへの依存度を一気に高める結果となりました。続々と建設されるデータセンター、複雑化するデータセンター運用、更に深刻化するデータセンター運用スタッフ不足の問題、2016年のパリ協定以降世界的に高まり始めた地球温暖化対策に向けた試み、そしてコロナ禍に伴うスタッフの移動制限など、それらは皆DCIMの重要性・必要性を改めて認知させる追い風となりました。

dcTrack – Sunbird Software

しばしば「商業的に失敗した」と言われたこともあった、2010年以降の第1次DCIMブームの頃に誕生した、いわゆる「第1世代DCIM」の時代を経て、生き残った各DCIMサプライヤーは来るべきDCIMの本格普及期に向けて着々と準備を進めてきました。

Schneider Electricは、DMaaSData Center Management as a Service)と呼ばれるクラウド・ベースのDCIMとして、Ecostruxure ITをリリースし、従来型のデータセンターに加え、エッジデータセンターでも集中インフラ管理や制御が行えるようにしました。
一方Sunbirdは、「第2世代DCIM」を標榜し、第1世代DCIMとは全く異なる、真に活用でき、ROIをもたらすDCIMをリリースし、市場から最も高い評価を得ています。
日本でも、新世代DCIMとして誕生した株式会社デンソーのgarmitは、最新のデータセンター運用ニーズを柔軟にキャッチアップし、続々と新機能を拡充しています。

センサーからの膨大な「ビッグデータ」をいかに「AI・機械学習」などの最新テクノロジーを活用し、CAPEXやOPEXの改善や可用性向上に活かせのるか?、「デジタルツイン」による設計から運用までのシミュレートは今後のDCIMにどのように影響していくのか?、業界がソフトウェア・デファインド・データセンター(SDDC)に向かう中、DCIMが担う重要な役割はどうなっていくのか?、そして皆が願うデータセンター運用の「完全自動化」への夢に向けて、これからも様々なテクノロジーがDCIMを進化させていくことでしょう。

30年以上かけて進化を続けてきたデータセンターインフラ管理ツール。もはやDCIMなしではデータセンター運用は成り立たないレベルまで来ました。データセンターインフラ運用の未来は、間違いなくDCIMがカギを握っています。


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